高校を辞めた後、これからどうやって生きていけばいいのかわからない。僕の暗い過去話 第4話

高校を辞めた後、

どうやって生きていけばいいのかわからない。

僕の暗い過去話  第4話

自分で稼いで生きていくってどういう事?

高校を辞めてホッとしたのもつかの間、
すぐに現実が押し寄せて来る。

学生ではなくなった僕は、
守られる立場ではなくなってしまった。

自分で稼いで、生きて行かなくてはいけません。
世間のことを何も知らない16歳に何ができるのか?

当然何も出来ません。

求人案内を見てバイトを探すだけです。

そもそも高校をやめるぐらい、どうしようもないヤツですから、
バイトなんて自分に出来るのかと不安でいっぱいでした。

不安な気持ちだった僕とは対照的に

先に中退したヤンキーたちは
髪を金髪にして、仲間と原付を乗り回していました。

仕事も仲間同士で工事現場で働いていたみたいです。

ヤンキーは大体こういう道をたどりますね(笑)

僕もヤンキーだったら、
特に悩まずに同じ道をたどっていたでしょう。

変にまじめだった僕は、家で悶々と過ごしていました。

不良でもない、かといってまじめでもない、
どうしようもない僕はどこにも居場所がない、、、、。

どこに向かっていけばいいのか、迷っていました。

 

そんな僕に父は、働くことは大変なんだと説教します。

そんな事分かっていると、
僕は偉そうなことを言い返していました。

いったい何が分かるというのでしょう?
たかだか16年、親から養われていただけのヤツに。

今、父親と逆の立場だったら同じことを言っているでしょう!

「お前は何も分かっていないと・・・・」

いい訳させてもらうと、

そのときの僕は、頭の中で大変だろうと想像はしていたんです。

なので、父が言う大変さと、僕が言う大変さには
大きなギャップがありました。


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同級生と遭遇

僕はいつまでも親のすねをかじって、
これからどうやって生きていくのか、
四六時中悩んでいました。

中卒で頭も悪く、中学のときにやっていたソフトテニスで
腰を痛めてしまって、力仕事もままならない状態の僕に

何が出来るのか?

そんなグダグダしたことを考えていた、
僕のちょっとした楽しみは、
貸し本屋さんで漫画を借りることでした。

その日もいつも通り、貸し本屋に漫画を借りに行きました。

すると、平日の昼間に中学校の友達が
私服で歩いていたんです!

何やってんだこいつ?

向こうも同じことを思ったことでしょうね(笑)

友達はどこかに行こうとしていたので、
そのときはあまりしゃべらずに、
暇だったら連絡するということで別れました。

どっちから電話したのか分かりませんが、
次に会ったとき、友達が高校を辞めたことを知りました。

それからは、

求人案内が発売される金曜日には
公園で必ず会うようになっていました。

田舎で16歳というのもあって、
バイトなんてほぼゼロに近いです。

年齢不問というのを僕たちは探していましたが、
めったにありませんし、あっても場所が遠かったり、
仕事内容があわなかったりで、電話もできませんでした。

僕は一人で初めてのバイトをするのが心細くて
友達に一緒のところでバイトしようと言いました。

すると、「お前気持ち悪いな」って言われて、
それからこの友達を当てにするのを止めました。

親からも早く働けと言われていたのもあって、
自分でなんとかできそうなものを
消去法で選んだのが新聞配達でした。

すぐに電話して、次の日面接に行くとあっさり受かりました。


新聞配達は枚数で給料が決まる。

僕は50件ほど配達していました。
時間にしたら40分です。

月一回の休みで2万円程もらっていました。
少ないと思うでしょうが、
17歳の僕は結構うれしかったんです。^^

僕が新聞配達のバイトが決まったことを友達に言うと
一緒に働きたかったと言い出してびっくり!

いや、いやお前が気持ち悪いって言うから、
必死に自分で探して応募したんだろうが。(怒)

こいつは、自分が言ったことを覚えていなかったらしく、
一人取り残されたことを悔やんでいるみたいでした。

そんな行き違いがあったおかげで、
僕は始めてのバイトに飛び込むことができました。


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17歳が初めてのバイト

新聞配達の朝はもちろん早く、
3時半ぐらいに起きてから準備して
自転車で事務所まで通っていました。

学校を辞めてから時間が経っていたので
初めてのバイトは17歳でした。

17歳である僕が、初めてのバイトだということで、
社長(28歳)の母親に優しくしてもらっていました。

普通は、直接新聞が置いてあるところまで行って
専用の袋に入れて配るのですが、
僕は一回事務所に行ってから、社長の母親に
ジュース代120円を貰ってから行っていました。

1日50枚配っても700円ぐらいなので、
この120円は結構な金額です。

最初はジュースを買っていましたが、
途中から貯金していました(笑)

僕が新聞配達を始めた年に
長崎でとんでもない事件が起きました。

なんと・・・

34年ぶりの大雪です!

坂と階段ばかりの長崎ではとんでもないことですよー

自転車は使えないので、当然歩きです。

出来るだけ早く家を出ましたが、
積もった雪に足をとられて時間はかかるし、
靴の中はビチョビチョで最悪でした。

特に、急で長い坂を下りるときは命がけです!

命がけの新聞配達で稼いだ金額は700円、、、、

今考えると何じゃコリャですが、
そのときは必死だったので気づいてませんでした。

さらに、

一時あっていなかった友達が、一ヶ月ほどの年末のバイトで
10万円稼いでいたのにはびっくりしました。
(一日8時間のバイトです。)

3時半に起きるのがしんどかった僕は、むなしくなって、
4ヶ月もしないうちに辞めましたw

合計8万も稼いでいません・・・・・。orz

この友達とは、なかなかバイトが決まらずに
毎週で会っていたので、

「俺達ずっとこのまま変わらないんじゃないか?」

ってよく冗談で言っていたのを思い出しました。

変わらないと思っていたあの頃が懐かしいぐらい、
時間が経ってしまいました・・・。


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